その日。
ちょっとした野暮用のため、私は青葉区に出かけた。電車を利用しても良かったのだが、私の家から目的地へ行くためには乗り換えを二度しなければならないのである。初秋の陽気が良かったことも手伝って、私は当時愛用していた原付スクーター「ディオ」で向かうことにした。
横浜市の港北区、都筑区、青葉区、緑区界隈は私の勝手知ったる地域である。当時既に中退してしまっていたとはいえ、大学在学中はこれらの区内を通って町田市へ抜け、さらに多摩市を通ってその先の八王子市東中野まで通うという、原付にしてはかなり長距離の通学をしていたものであるし、近場ということで気晴らしにスクーターで軽いツーリングを楽しむこともあった。この日のスクーターの利用も、用事があったとはいえ軽いツーリングを兼ねていたことは言うまでもない。
よく「初心運転者期間中は事故率が高い」と言われる。当時PC-VANの某サークルに参加していた人々ならばご存知のこととは思うが、私は平成7年10月、大学への通学のために原付免許を取得した。故に、この平成8年の初秋の段階ではまだ初心運転者期間ということになる。この話を読み進めれば壮烈なる事故の話が出てくる訳だが、私はそれを「初心者の事故」と十把一からげにされることを好まない。
一概には言えないが、運転技術上の初心者としての期間は、大体3,000km程度とする見方が多いように思える。1,000kmで慣れ、3,000kmも走れば何度か危険に遭遇して「慣れに潜む危険」も分かるようになる、ということだ。既にこの時点で私の原付は13,000km以上の距離を走行していた。また平成8年6月には自動二輪中型限定免許(現在の普通自動二輪免許)も取得していたのだから、テクニック面・メンタル面ともに、完全に初心運転者からは脱却していたと考えて良い。誠に厚かましいお願いではあるが、左様、ご理解頂いた上でこの先を読み進めて頂きたいものである。
青葉区内での用事を済ませた私は、同区内を軽く流した後、帰路についた。本当は町田市あたりまで行っても良かったのだが、その日は夕立があるという天気予報だった上に実際に怪しげな雲まで出てきていたため、雨に降られるのを避けるべく、早々に切り上げて帰宅することにした。
この界隈に在住している人々ならばご存知だとは思うが、この地域、特に都筑区は港北ニュータウンと称される地域であり、片側3車線の道路が多く、それなりの交通量がある。しかもそのクルマの多くが、多過ぎる信号に止められる反動からか70km/h以上のスピードで走っている。チューンしていないノーマルのスクーターでは違反覚悟でどんなに頑張っても60km/h程度しか出ないため、この流れに乗ることは難しい。安全にのんびりと走るためには、必然的に地元の人間しか知らない裏の比較的空いている道を利用することになる。その日も私は、ニュータウン南部のまだ農地が点在する地域を通るルートを選択した。
# いずれも当時の話です。人口も大規模店も増えた昨今とは状況が異なります。
裏道と言ってもそんなに細いものではない。市が尾駅付近からしばらくは片側2車線の幹線道路である。地元関係者各位には、東名高速道路の下から泉田向、富士見が丘交差点、さらにその先へ行く道、と言った方が分かりやすいだろうか。今でこそ立派な立体交差が完成して陸運の近くの池辺町まで直結している道路であるが、当時はその立体交差が無く、富士見が丘交差点の先、今もESSOがあるあたりで行き止まりとなっていた。行き止まりを左折し、すぐ右折し、畑の中の街灯も無い細い道を行くと、やがて片側1車線の道となる。星谷の信号で中原街道を越え、その道が比較的長く続く。適度なワインディングもあり、原付で走るにはそこそこ快適な道である。
やがて、新横浜から港北インター・都筑インターへ抜ける片側3車線の幹線道路に出ようかというところで、予想通り雨が降り始めた。もっとも激しい夕立という訳ではなく、ぱらぱらと、しかし大粒の雨が落ちてきたという感じだった。幹線道路を斜めに渡り、さらに原付を走らせながら私は思った。
『むー、しばらくどこかで様子を見るとするか。本降りになりそうであるし』
半袖のシャツ一枚でスクーターに乗っていたため、私は雨に濡れるのを避けたかった。丁度その時、目の前には第三京浜の高架橋が見えていた。この道はその下をくぐっており、そこならば雨は凌げる。私は、たまたま手前にあったサントリーの自動販売機で冷たいカフェオレを購入し、雨をやり過ごすことにした。
高架橋の下で私は5分ほど休憩した後、まだすぐ本降りにはならないと判断し、出発した。思えば、この休憩さえなければ事故も起こらなかったのである。後から考えれば誠に馬鹿馬鹿しい限りであるが、実際に何かが起こる時などというものはこんなものなのかも知れない。
ここからは、丘越えである。最初に標高差15m程度駆け上がり、後はささやかなワインディングのなだらかな下りとなる。いつもならば私はその道をスクーターの限界速度ギリギリで突っ走っていたのだが、その時は雨の降り始めということもあり、路面が最も滑りやすい状況にあったため、30km/h制限の道を40km/h程度で走るという「常識的な走行」に徹していた。思えば、これが不幸中の幸いとなった訳である。
速度以外はいつものように緩やかな坂を下っていく。丘に差し掛かってから3台の対向車とすれ違ったが、他にクルマはいない。いくつかのカーブを抜けると、そこに200m程度の直線が広がった。いつもならばフルスピードで駆け抜ける直線である。路面が濡れているとはいえ、カーブでマンホールを踏んだりしない限りコケたりすることもないので、前述の通り緩めていたスピードをもう少々出そうかとも思ったが、特に急いで帰宅する必要性もないし、後ろからクルマに煽られている訳でもないのでそれはやめておいた。
道の両側には古くからの民家や畑が続いている。前方左手には建築関係とおぼしき事務所があり、その前には何やらその事務所から運び出した資材を積み込んでいる白いトラックが、歩道に片方を乗り上げるというよくある格好で止まっている。何食わぬ顔で私はそのトラックの右側をパスしようとした。その瞬間!
『おわっ!』
丁度スクーターが駐車中のトラックの最後端の右側1m程度に差し掛かった時のことである。突如、トラックの陰から小学生程度の少年の乗ったマウンテンバイクが飛び出した。